ひとりGS/カバーポップス/ロカビリー

瀬川洋一とクールキャッツ/恋の花

↑むちゃくちゃかっこいいドラムソロのイントロから一気に演歌に堕ちて行く世界のすべてを呪うかのようなエレキ歌謡。(以下出てきません。)

 GSブームの前にエレキブームがあったように、さらにその前にあったのがロカビリーブームである。ウエスタンからプレスリーに転じた小坂一也をはじめロカビリー三人男といわれる平尾昌晃、山下敬二郎、ミッキーカーチスあたりが有名だが、その他にも三人ひろし(かまやつヒロシ、守屋浩、井上ひろし)、清野太郎、内田裕也、ほりまさゆき、紀本ヨシオ、尾藤イサオなどがずらりと並んでいた。坂本九やささきいさおももともとはこのムーブメントからでてきた人である。音楽的には初期には文字通りロッカビリーを範にしたものであったがやがてロッカバラードに転じ、さらにリバプールサウンドやブルーアイドソウルに転じていった。ほぼ昭和30年代の中盤以降の全てを飲み込む日本最大の音楽運動のひとつである。このロカビリーの立て役者は(中島そのみとか伊藤照子とかいたが)基本的に男性であり、女性陣は主にフランスやイタリアのポップスをカバーするカバーポップスというジャンルで活躍していた。ザ・ピーナッツ、森山加代子、弘田三枝子、伊東ゆかりといった人達が主戦であった。これらのジャンルはしかし、GS登場以降は精彩を失い、衰退していくこととなる。しかしGSというものは複数の男性によるものであって女性や単独の男性がGSそのものになるのは難しい。そこでGSサウンド取り入れたポップス色の強い楽曲を唄う一人GSが誕生した。(正確に言うと後期ロッカビリーとひとりGSの間にエレキ歌謡の時代が入るが・・・。)黛ジュンの「恋のハレルヤ」で始まり美空ひばりの「真っ赤な太陽」で絶頂を迎えた。この二つは本当にGSがバックをつけているがそうでなくてもこれらを範に中村晃子や鍵山珠理、マーガレット、小畑ミキ、泉アキらが続々デビューしたり、ひとりGSものを発表していった。この戦法に弘田三枝子や中尾ミエといったカバーからの参入組の他北島三郎、西郷輝彦、村田英雄、こまどり姉妹、畠山みどり、吉永小百合といったベテラン・歌謡系歌手も参入した。このブームは44年にカルメンマキが「時には母のない子のように」をヒットさせていきなりとどめが刺され絶滅まで続いた。

 ところで「ひとりGS」いう表現は一部でかなり不評のようですので、「GSバンド」という表現からの類推で「GS歌手」という名称を考えてみますがどないなものでしょう・・・。

 とりあえず、ここでは曲単位にこのジャンルの名珍曲を紹介。


ロカビリー
平尾昌晃「ロック夕焼け小焼け」/佐野修「元気出せジャック」/ジェリー藤尾「インディアン・ツイスト」/尾藤イサオ「悲しき願い」「銀の十字架」/清野太郎「クレイジー・ラブ」/井上ひろし「雨に咲く花」/水原弘「黒い花びら」/美空ひばり「ロカビリー剣法」/尾藤イサオと内田裕也「ヘルプ」/城卓也「トンバでいこう」「ダッキャダッキャ節」「スタコイ東京」

カバーポップス

ザ・ピーナッツ「情熱の花」/弘田三枝子「ヴァケーション」/森山加代子「月影のナポリ」/梅木マリ「ファンキールックのお嬢さん」/パラダイス・キング「サックドレスじゃ踊れない」「サーフ・シティ」/

ひとりGS

女性編

松平ケメ子「私がケメ子よ」/緑魔子「信じていいの」/堀内美樹「熱い恋」/木の実ナナ「恋の宝」「真っ赤なブーツ」/天知聡子「銀座ゴーゴー」/麻里エチコ「真夜中の遊園地」/美空ひばり「むらさきの夜明け」/前田美波里とシャープ・ファイブ「二人の浜辺」/はつみかんな「恋のタッチアンドゴー」/青山ミチ「太陽がギラギラ」/響かおる「太陽が怖いの」/黛ジュン「恋のハレルヤ」「乙女の祈り」「ブラック・ルーム」/マーガレットとバニーズ「逢えば好き好き」/朱里エイコ「まぼろしの声」「クレイジーラブ」/ハニー牧「プルプル」/田村エミ「黒い太陽」/吉永小百合「恋の歓び」「勇気あるもの」/渡るり子「ひとりぼっちになりたいの」/エミー・ジャクソン「涙のゴーゴー」/畠山みどり「北国は恋がいっぱい」

男性編
西郷輝彦「三日月のバロック」「月の滴」「西銀座五番街」「恋のGT」/ケン・サンダース「エヴリシングス・オーライト」/サトー・ノト「ロンリー・ボーイ」「ドッキング・ダンス」/港孝也「青春火山」「パッション」/叶修二とアイドルス「抱きしめて抱きしめて」/有馬竜之介「ハートを狙い撃ち」/橋幸夫「若者の子守唄」/村田英雄「太陽に祈ろう」/高木たかしとザ・スパイダース「東京・ア・ゴー・ゴー」

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