2.品川界隈
今、品川が全国的に注目されています。新幹線の品川新駅開業でその姿を大きく変えつつある港区側の品川駅周辺に比べ、まだまだ昔ながらの風情を残す街並みも多く残っている品川区の地元に注目が集まっています。新駅開業に合わせて大勢のマスコミが地元に押し掛け、新旧の混在する街並みが幾つものテレビ番組で紹介されたのをご覧になった方も多いと思います。
今、品川駅界隈の賑わいを如何に地元に定着させるかが課題となっています。毎年6月の祭礼や9月の「宿場まつり」等のイベントでは商店街に大勢の人が繰り出しますが、普段もこの賑わいを維持できればと思います。
(1)宿場祭り
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(1-1)宿場まつり(1)
9月に開催される「しながわ宿場まつり」でのパレード出発式風景です。旧国道を北品川駅付近から青物横丁までパレードします。このまつりも10万人の人出があり品川の行事としてすっかり定着した感があります。
いつもの高橋品川区長扮する水戸黄門をはじめ、昨年は齋須泰二品川警察署長と、一日署長を務める野村将希さんを先頭にスタートしました。(平成16年9月撮影)
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(1-2)宿場まつり(2)
古澤校長先生、小池副校長先生をはじめ台場小の先生方も毎年パレードで大活躍です。仮装もすっかり恒例となりました。昨年は雨模様の中、「台場っ子エコ隊」と銘打って水地PTA会長も子どもたちと一緒に参加されました。地元の皆さんにも大受けです。先生方、皆さん、本当にごお疲れさまです。(平成16年9月撮影)
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(2)品川浦
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(2-1)品川浦(その1)
右の橋は北品川橋。昭和62年「しながわ百景」に指定された木造民家の後ろに、巨大ビル群が出現しました。この橋の上でよく映画のロケが行われます。最近は休日に写生をするグループが多く見られます。
(平成14年8月撮影)
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(2-2)品川浦(その2)
都内では珍しい船着き場の風景がそのままになっています。「男はつらいよ」や「釣りバカ日誌」の舞台にもなりました。遊漁船や屋形船が発着します。
沖合に野鳥公園があるためか、コサギなど野鳥が魚を追って飛んできます。数年前「カワセミ」が飛来したのを見たことがあります。(平成11年8月撮影)
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(3)東品川方面
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(2-3)東品川方面
都営アパートからの眺め。中央に見える天王洲運河は旧目黒川の流れでしたが、昭和40年代始めに埋め立てられ、目黒川とは繋がっていません。向こう側に台場小学校の校舎が僅かに見えます。こうして見ると、台場小もビルの谷間にあるといった感じですね。ビルの高層化でここからはもう海を眺めることは全くできません。(平成11年8月撮影)
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(2-4)東品川方面(昭和44年)
彼方に3本煙突の火力発電所や東京湾が見えます。よく目を凝らすと、画面右に帆船が海に浮かんでいるのが写っています。当時高いビルといえばせいぜい倉庫ぐらいでしたが、今ではすっかりビル群になってしまいました。マンションもずいぶん増えました。(昭和44年4月撮影)
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(4)八ツ山地区
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(2-5)八ツ山地区俯瞰
八ツ山地区もすっかりビル群になってしまい、法人ビルと一般民家が混在する街となっています。昔この付近に八ツ山岬があったといわれ、江戸時代の地図に八ツ山海岸という名称が確認できるそうです。数年前から町会の皆さんでフラワーグループが結成され、四季折々の花々が歩道や民家・ビル玄関のプランターに植えられ、花のあるきれいなフラワーロードづくりが行われています。
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(2-6)八ツ山地区俯瞰(昭和44年)
画面の中央に見える建物は当初帝国ホテルの寮として建てられましたが、その後日航の寮となり、現在は「東京イギン本社」ビルになっています。その左側に白いバヤリスの工場が見えます。手前に東八ツ山公園があるのですが、昔ここで野球をやって工場のガラスを割ってしまった覚えがあります。その工場も今はなく、三菱信託のセンターに替っています。その向こうに旧水産大学の校舎が見えます。(昭和44年4月撮影)
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(5)東八ツ山公園
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(2-7)東八ツ山公園
子供たちの貴重な遊び場です。ここは40年位前まで入り江だったところです。品川インターシティの完成に合わせ、新しく整備されました。春には桜の花が満開となり、花見客が大勢繰り出します。八ツ山町会主催の花見には進出している企業も参加して、盛大に催されるようになりました。(平成12年4月撮影)
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(2-8)旧東八ツ山公園
以前の東八ツ山公園は、通りを挟んで2つの公園からできていて、歩道橋で繋がっていました。比較的広く野球ができるスペースもあったので、私も子供の頃この公園でよく遊んだ経験があります。この写真の港区側の公園は現在、水処理場になってしまいました。(昭和52年4月撮影)
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(6)八ツ山交差点
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(2-9)八ツ山交差点
画面左側に、都バス車庫と都営アパートがあります。正面向こうは台場小方面、右は旧国道商店街に繋がっています。手前は品川駅方面で、途中に踏切があるため、この交差点はけっこう渋滞します。(平成11年8月撮影)
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(2-10)八ツ山交差点(昭和53年)
交差点の角に、古い「第二北品川病院」がありました。今は駐車場になっています。(昭和53年12月撮影)
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(7)品川神社からの眺め
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(2-11)品川神社富士塚からの眺め
品川神社には今も(擬似富士登山が出来きる)富士塚があります。しかし今では周りのビルの方が高くなってしまい、決して眺めがいいとは言えなってしまいました。現在京浜急行は高架となっています。彼方に天王洲アイル、さらに左手にレインボーブリッジが見えます。それにしても海はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか?
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(2-12)品川神社富士塚からの眺め(昭和46年その1)
写真は昭和46年の京浜急行が高架になる前の様子です。当時はまだ高いビルがなく、東京湾を望むことができました。第一京浜国道も拡幅される前で、道路沿いに多くの建物がありました。写真では台場小学校の校舎も見えますが、今ではビルに囲まれこの位置からは見えなくなりました。
(昭和46年10月撮影)
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(2-13)品川神社富士塚からの眺め(昭和46年その2)
当時はまだ「北馬場駅」と「南馬場駅」の二つの駅がありましたが、昭和51年に環状六号線(山手通)との立体交差工事にあわせて統合され「新馬場駅」が誕生しました。両駅の中間点にできたため、ホームは200mと大変長い駅となりましたが、この高架化のお陰で付近にあった多くの踏切がなくなりました。
(昭和46年10月撮影)
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(8)台場交番前
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(2-14)台場交番前
この八ツ山通りは旧目黒川の本流だったところですが、昭和41〜2年に埋め立てられました。その直後に歩道橋ができて、台場交番も旧国道沿いからここに移ってきました。歩道を渡ると左奥が台場小学校です。
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(2-15)品海橋(今の台場交番前)
上の写真とほぼ同じ位置からの写真です。目黒川に「品海橋」という小さな木造の橋が架かっていました。上流の寄木神社近くにも木造の「大正橋」がありました。(昭和41年撮影)
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