さて、二日目も無事終了。ここでちょっと唯一の村「ハンガ・ロア」村の様子等…。
ここには学校から郵便局、銀行、スーパー、教会…etc. なんでもあり、島のほとんどの人がこの村に住んでいます。 お店は3時位になるとほとんど閉まってました(シエスタってヤツかなあ…)。
馬にのっけてくれたお兄ちゃんやいきなりギターを引き始めたお兄ちゃんも いましたが、村の人たちはほんとに親切でいい人ばかりでした。

■ハンガロア村(Hanga Roa)■

ホテルから村までの道のりっ!
泊まったホテルは「IORANA Hotel」。
アナカイタンガダ洞窟のそばって 書いてあったけどそういえばその アナカイタンガダって行かなかったな(笑)




村まではこのような道のりを30分近く歩きました。(結構な道のりでしたぁ(^^;)
村の中にもこんな感じにモアイがあります。 モアイの下で読書をしている人もいました。
村でナンパしてきたお兄ちゃん達。いきなり目の前でギターを引きながらやってきたのにはびっくり(笑)
これがラパ・ヌイ風ナンパなのでしょうか?(^^; 「夜、DISCOに行かない?」と誘われましたが、丁重にお断りしました。 後、馬にのってやってきたお兄ちゃん(M子は馬に乗せてもらった)等もいたりして…。ほんのひとときでしたが、とても楽しかったです。


イースターイ島初日にたまたま入った店がKONA KAI RESTAURANTE
結局我々はイースター島にいる間このレストランに通いました。 気のいいママとパパがとっても親切 にしてくれていろんな話をしたのだけど なにせ我々一行はスペイン語はまったくわかりません。
(ガイドブックで覚えた単語は数字の1〜10まで。(^^;) そして、ママパパ も英語はまったくわからなくて…。

ボディランゲージで過ごした3日でなんとか我々のスペイン語は簡単な挨拶や 何が食べたいのか位まではいえるようになりました。
村の案内をしてくれたり、とにかくお世話になったお店です。

■KONAKONA KAI RESTAURANTE■

お世話になったKONA KAI Restaurante のママとパパです。

〜 イースター島でDISCOに行きました 〜
2日目の夕方、KONA KAIで食事をしていたらSENDIOさんに出逢いました。 KONA KAI Restaurante のママが「SENDIOと一緒に夜DISCOに行かない?」と言ってくれました。 そういえば昼間のラパヌイのお兄ちゃんもDISCO行こうといっていたし、イースター島の DISCOというのにも興味があった我々は二つ返事でOKしたのでした。(^^;
ママ「23時にお店にきなさい。それまで村でも見ているといいわ
…23時。さすがのイースター島も夜。ホテルから村まで30分。 街灯なんてあるわけないし…。
いったんホテルにもどったものの暗くなってからだと ちょっと身動きがとれなくなるし。 (タクシーを呼ぶというテもあるが、なにせびんぼーな我々一行。) 「やや」暗くなりかけた頃ホテルを出発。途中スコールのようなものにあたり ながらもなんとかレストランに着いたのが21時すぎだったかなぁ…。
こちらがSENDIOさん。彼はちょっとだけ英語がわかったので、ママとパパの間に立って通訳もしてくれたりしました。

夜も更けているし当然そのままDISCOに行くのかと思いきや、 つれて行かれたところは「バナナカフェ」というお店でした。 日本でいうところのプールバーというヤツです。どうやら島のビリヤード好きが集まるお店らしく若者でごった返していた「バナナカフェ」。 島のビリヤードチャンピオンという人のプレイを見ながらも時間は0:30。 DISCOに行く様子まったくありません。もしかしてこれがDISCO?そんなバカな… そんな不安がよぎり始めた午前1:00。ママが「ちょっと早いけど行きましょう」 といって席を立ったので した。
と、言うわけでコチラが昼間撮った「バナナカフェ」です。
観光客はまず、いかない店なんだと思います(^^;
(当たり前かな)

タクシーで乗り付けたソコはたしかにDISCOでした。耳慣れた曲は 70年代のDISCOMUSIC。スクリーンには島のお祭りのビデオ。 人は少なく、島の人口からするとこんなものかな、と思っていたがなんのことはない、 時間が早すぎたのでした(笑)。
午前2:00を回ったあたりからホールは人で埋め尽くされ、 島中の人がきてるのではないかと思うほど老若男女、いろんな人が踊っておりました。 隣の席にはとっても大き な女性の二人組が酔っぱらいに絡まれていたりもして…。 どこも一緒だな、とその光景を見ておりました。
(後で気がついたのだけど、この絡まれていた二人組の女性は二人とも男性であったのだが…(^^;)

プールバーでもDISCOでもそうだったけど、こんな夜にこんな場所にいるJaponesasは とってもめずらしいので当然我々にもちょっかいを出してくるおにいさんやおじさん はたくさんいましたが、ママがしっかりガードしてくれたので安心して楽しむことができました。
午前3:30。帰る人どころか人は増えるばかりであったが根性のない我々は翌朝が 心配になり、考え踊り足りなさそうなSENDEOとママに頼んで帰ることに。 別れ際にママが「明日8:30からミサがあるからよかったらいらっしゃい」 といってくれたのですが…。

翌日、最終日というのに当然のことながら我々が起きたのはお昼近くでした。(^^;
とにかくラパ・ヌイの元気さには脱帽!です。